トーキョーブックガール

海外文学や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いています。

『ねじの回転』 ヘンリー・ジェイムズ

いよいよ暑くなってきましたね!

今年は夏休みを早めに取ることにしたので、今のうちにとお仕事を頑張っているトーキョーブックガールです。

 

ちょっと涼しくなるようなお話を読みたくなり、 『ねじの回転』を手に取った。いわゆるゴシックロマンの先駆けのようなお話である。

ヘンリー・ジェイムズを読むのは初めて。彼はニューヨーク生まれ、ヨーロッパ育ちのアメリカ人。牧師である父が、ヨーロッパの伝統を高く評価していたこともあり、ニューヨーク、パリ、ロンドンの三都で暮らしていたそう。非常にインターナショナルで、だからこそ旧世界・新世界の文化を取り入れた小説を執筆することができたのだろう

新潮文庫版は表紙も怪談めいていて、いい!

ねじの回転 (新潮文庫)

ねじの回転 (新潮文庫)

 

 あらすじ

「暖炉のまわりにたむろした私達」は、幽霊が子供に出たという怪談を聞いていた。

子供という「ねじの回転」があると、怪談がより一層面白くなるというコメントを誰かがすると、ダグラスという男性がこう言いだす。

「では、子供ふたりに幽霊が出たという話であれば、ねじをふた回転(ひねり)することになるでしょうか?」

そしてある女性に聞いたという話を教えてくれる。

その女性(わたし)は田舎牧師の貧しい女性で、当時20歳であった。

家庭教師の仕事に応募したところ、雇い主はロンドン在住の独身男性。美男子で、わたしは雇い主に恋をしてしまう(ようだが、はっきりとは書かれない)。

雇い主の甥のマイルズ、姪のフローラが早くに両親を亡くし、田舎の家に使用人らと暮らしている。このふたりの家庭教師をお願いしたいということだった。最初若い女性が家庭教師としてついていたが、彼女が亡くなったため、マイルズは通常は寄宿学校に入っているという。

条件は、雇い主には子供についての連絡を一切しない・手を煩わせないこと。

わたしは条件を承諾し、早速田舎の家へ向かう。

グロース夫人という使用人と、少女フローラが迎えてくれる。わたしは天使のような美貌とあどけなさを持つフローラに夢中になる。

と、そこへ寄宿学校からマイルズが夏休みのため戻ってくる。しかし、学校から別途手紙も届く。手紙には、マイルズの素行が悪いため退学にしたと記されているのだが、マイルズはそれに関しては何も言わない。

どれほど悪い子なのかと懸念していたが、フローラと同じように天使のようにかわいい、聞き分けのいい男の子である。

しばらく楽しく過ごしているのだが、わたしは幽霊を度々目撃するようになる。男性の幽霊と、女性の幽霊だ。特徴をグロース夫人に語ったところ、以前屋敷で雇われていた使用人および亡くなった家庭教師の幽霊なのだということがわかる。

どうもマイルズとフローラを悪の道に引き込もうとしているようだ。そしてマイルズとフローラにも幽霊が見えているようなのだが、あたかも見えていないふりをしているように、わたしには感じられる。まるで、幽霊と一緒になって、わたしを欺こうとしているみたいに…。

 

「ヨーロッパのアメリカ人」が書く、イギリスらしい物語

物語の舞台はまるで『嵐が丘』の舞台ムーア(荒地)のような、寂しい土地。

そして登場人物は皆、気持ちを内に秘める典型的イギリス人ばかり。

そこが一層物語を怪談らしくしている。ジェイムズがそういう効果を狙ったということではなく、もともとイギリス人から聞いた話を書き留め、想像を膨らませて物語を作ったのだそう。

イギリスというと、アガサ・クリスティーカズオ・イシグロなど、いわゆる「信頼できない語り手*」の名手が多いイメージなのだが、『ねじの回転』は世界で初めての「信頼できない語り手」による物語ではないだろうか。

「わたし」は真面目な家庭教師のようだけれど、幽霊を何度も目撃したことによって、少々ヒステリーっぽく変化していく。また、「わたし」以外に幽霊を目撃した人はいないようである。子供達を幽霊から守らなければと奮闘する「わたし」だが、その行動は周りの不信感を呼んでいるようでもある。

あれ?もしかして、「わたし」がおかしいのであって、幽霊なんて本当はいないのかな?それとも、いるのかな?と、読者が想像を膨らませながら楽しめる物語。

 

*『信頼できない語り手(unreliable narrator)』とは…

1961年にアメリカの文芸批評家によってつくられた言葉。一人称小説の語り手は信頼できない語り手である、という議論がなされたことによる。読者や他の登場人物を騙そうとする語り手(アガサ・クリスティーの『アクロイド殺し』)、精神的に問題を抱える語り手、記憶が曖昧な語り手(カズオ・イシグロの『日の名残り』や『浮世の画家』)などが含まれる。

アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

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浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)

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意識の流れ

たこの作品は、「意識の流れ(stream of consciousness)」という心理学界においても文学界においても、非常に大きい転換点となる手法を使って書かれた小説でもある。はじめてこれを用いたのはイギリスのローレンス・スターン(1759年に出版された『紳士トリストラム・シャンディの生涯と意見』)だそうだが、ジェイムズはそれについで早かったのではないだろうか。

意識の流れ」とは…

簡単に言うと、人間の頭の中の、絶え間なく流れ移ろってゆく主観的な考えや感覚を、注釈等なしで記述していくという文学的手法。

のちのプルースト(『失われた時を求めて』)やヴァージニア・ウルフ(『ダロウェイ夫人』)が使った手法として有名である。

失われた時を求めて(1)――スワン家のほうへI (岩波文庫)

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ダロウェイ夫人 (光文社古典新訳文庫)

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ちなみに、心理学でこの概念が最初に使われたのは1890年代、心理学者のウィリアム・ジェイムズによってである。

意識や心理といった概念がまだなかった時代。

「人間の意識は細切れの静的な部分の配列ではなく、動的なイメージや観念が流れるように連なったもの」とする考え方だそう。

ウィリアム・ジェイムズ…同じ名字。そう。

ヘンリー・ジェイムズのお兄さんなのだ。

ウィリアムは、『ねじの回転』を読んで、この概念を思いついたとも言われている。とすると、やっぱり「意識の流れ」の象徴的作品ではないだろうか。

 

ヘンリー・ジェイムズの意図

もちろん、そんな概念はジェイムズが執筆していた時にはなかったのだが、ジェイムズは意図的にこういう書き方をしたのだと思う。

なぜか、というとやっぱりこの小説のホラー感を増すため。おどろおどろしさ、恐怖を最大限に高めるため。

この時代のイギリスでは心霊研究が盛んだったそうで、怪談もいろいろな場所で語られていたのだろう。「怖い!」と読者に思ってもらえるような作品を書こうと思って、こういう書き方をしたのだと思われる。

短い小説なのだが、奥が深い。

 

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