トーキョーブックガール

海外文学や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いています。

現代におけるシェイクスピア:"Hag-Seed" マーガレット・アトウッド

授業で出会ったアトウッド作品。アトウッドが私の大学で教えていたこともあり(入学した頃にはとっくに退職されていましたが)、文学専攻ではなかった私ですら本当によく読んだ記憶がある。"Bodily Harm"や『侍女の物語』が大好きになり、卒業してからも、新作は欠かさず入手するようになった。

というわけで、この最新作も2016年10月の発売後すぐ購入。(10ヶ月近く積ん読してしまいましたが…)

新刊のお知らせを受け取った時には表紙しか見えず、あらすじが分からなかったので「もしかしてMARVEL的な英雄譚なの!?アトウッドが?」とびっくり。

タイトルの字体が、アメリカのコミック風。

今までのアトウッド作品にはあまりなかった、おどろおどろしい感じのカバーである。

Hag-Seed (Hogarth Shakespeare)

Hag-Seed (Hogarth Shakespeare)

 

裏表紙も同じ絵なのだが、裏にはちゃんと"THE TEMPEST"の文字が。

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そう、シェイクスピアの『テンペスト』のアダプテーションなのだ*1

"Hag*2 Seed"は『鬼婆の子』、『鬼の血を継ぐもの』という意味。シェイクスピアの『テンペスト』では、プロスペローがキャリバンをこう呼んでいる。

あらすじ

Felix Phillips(フェリックス・フィリップス)は舞台演出家。異色なシェイクスピア劇を作ろうと、『テンペスト』上演に向けて動いていたところ、部下のTony(トニー)に裏切られ仕事も名声も失う。トニーはカナダ文化遺産省のSal(サル)とぐるになり、フェリックスを失墜させたのだ。

すでに妻と3歳の娘Miranda(ミランダ)も失っていたフェリックスは失意の中職場を去り、オンタリオ州南部の小さな村Wilmotで暮らし始める。

名前や過去を伏せ、Duke(デューク)という偽名を使い、刑務所で受刑者たちに演劇を教えるようになる。演劇を通して文学を学び、自分を見つめ直す受刑者たち。このプロジェクトが非常にうまくいき、ある時大臣数名が見学に来ることになる。

その大臣とは、12年前に自分を演劇界から追放したサルとトニーだった。

フェリックスは刑務所での演目に『テンペスト』を選び、復讐を計画し始める…。

 

という、まさにアトウッドお得意の「劇中劇」構造小説。

登場人物の名前も、それぞれ『テンペスト』を意識しており、現代版テンペスト風になっているのだが、その中で刑務所での『テンペスト』上演という伏線もあり、見事としか言いようのないストーリー展開。

そもそも『テンペスト』のプロスペロー自身、演出家のようなもの。魔法を使い、敵を罠にはめ、娘には最高の恋を提供し、観客に夢を見せる。まるで、フェリックスとプロスペローが徐々に重なり合っていくようで、スリルとサスペンスに満ち満ちている。

 

アトウッドの視点

受刑者は『テンペスト』を知らない者たちばかり。フェリックスは、『テンペスト』とはなんぞや?それぞれの登場人物の意味・意義は?とディスカッションを重ね、教師のように受刑者に文学を教え込む。

非常にうまく説明されていて、まるでアトウッド自身の『テンペスト』の見解を聞いているようで、興味深かった。

シェイクスピアなんて古典文学だ、受刑者に教えるにはハードルが高すぎる」、という意見に対して、フェリックスは

He had no intention of being a classic! For him, the classics were, well, Virgil, and Herodotus, and...He was simply an actor-manager trying to keep afloat. It's only due to luck that we have Shakespeare at all! Nothing was even published till he was gone!

と熱弁。

受刑者たちには、こう話す。

The Fletcher Correctional Players only do plays by Shakespeare, because that is the best and most complete way of learning theatre. Shakespeare has something for everyone, because that's who his audience was: everyone, from high to low and back again.

読みながら思わず、そうそうと頷く。

シェイクスピアの敷居は決して高くない。当時の大衆演劇なのだから。

受刑者に出す課題も面白いものばかりで、例えば、

テンペスト』に出てくる"prison"はいくつあるか?(精神的・物理的どちらも含む)

など。プロスペローにとっては、この島自体が"prison"。エアリエルにとっては、シコラクスに閉じ込められていた松の木の中。受刑者たちが発見した作中の"prison"は8つだったが、もう1つあると主張するフェリックス。最後の1つは、お話の最後で明かされる。

また、特筆すべきは、『テンペスト』に登場する"swear words"を受刑者たちが数え上げる場面

芝居の練習中は、作品に出てくる"swear words"しか使ってはいけないというルールをフェリックスが作ったため、受刑者たちはこれを調べて使い始めるのだ。

一覧は下記の通り。

Born to be hanged. A pox o'your throat. Bawling, blasphemous, incharitable dog. Whoreson. Insolent noisemaker. Wide-chapp'd racsal. Malignant thing. Blue-eyed hag. Freckled whelp hag-born. Thou earth. Thou tortoise. Thou poisonous slave, got by the devl himself. As wicked dew as e'er my mother brushed, With raven's feather from unwholesome fen, Drop on you both. A south-west blow on ye, And blister you all o'er. Toads, beetles, bats light on you. Filth as thou art. Abhorr'ed slave. The red plague rid you. Hag-seed. All the infections that the sun sucks up, From bogs, fens, flats, fall on -add name here- and make him, By inch-meal a disease. Most scurvy monster. Most perfidious and drunken monster. Moon-calf. Pied ninny. Scurvy patch. A murrain on you. The devil take your fingers. The dropsy drown this fool. Demi-devil. Thing of darkness.  

 

縛り首になるよう生まれついた、その舌の根、腐っちまえ。ぎゃあぎゃあ言いやがって、この罰当たりな犬畜生。ろくでなし。無礼な大口たたきおって。大酒飲みのごろつきめ。この根性曲がり。目に青い隈のできた鬼婆。まだら模様の餓鬼。土くれめ。泥亀。毒のかたまり、悪魔自身が腹黒いお前のお袋に孕ませた奴隷。俺のお袋が大鴉の羽根を箒がわりに 毒沼からかき集めたどす黒い露が お前ら二人に降りかかりゃいい。南西の風の毒気に当たって 体じゅう水ぶくれになりやがれ。ヒキガエル、甲虫、蝙蝠に取っつかれろ。汚らわしいお前。おぞましい奴隷。疫病でくたばりやがれ。鬼婆の小倅。お天道様が泥沼という泥沼から吸い上げる ありったけの毒が、○○に降りかかれ、そして じわじわと病気にしてしまえ。ろくでもない化けもの。吠える化けもの、酔っ払った化けもの。化けもの。頭もまだらかこの阿呆。ばっちい道化。疫病にとっつかれろ。お前の指なんか悪魔に食いちぎられろ。体じゅう水ぶくれになって、その水で溺れちまえ、阿呆。悪魔の私生児。闇の申し子。(『テンペスト』松岡和子訳より抜粋)

「クソ野郎が、ふざけやがって!殺すぞ!」などと言いそうな受刑者たちが、「闇の申し子め!」、「この土くれめ!」と大仰な表現を使っているのがおかしくて、笑いを誘う。

練習をしているうちに、どんどん想像力と創造性を高める受刑者たち。

アントーニオ役が「このシーンはラップで表現したい」と言い始めて、急にラップ口調でプロスペロー追放の歴史を語り始めたり。

非常に巧みに、現代とシェイクスピア劇が組み合わさっていて、『テンペスト』を読んだことのない読者でも楽しめることはもちろん、シェイクスピアに俄然興味が出てくるような作りとなっていた。

アトウッドの多彩さ、新しいことをどんどん取り入れていくチャレンジ精神がかいま見える。

 

Distinctively Canadian

アトウッドの、現代を舞台とした作品はほとんどがカナダでの話である。

"Hag-Seed"も同じく、アトウッドが住んでいるトロントの近く・南オンタリオを舞台としている。フェリックスが劇場から追放されたのちに暮らすことになるWilmotは、こんな感じ。

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なんといったらいいか…本当に何の特徴もない、朴訥とした村というイメージ。

冬は寒そうだな…。体感温度は-20度くらいだろうか。

また、受刑者たちの記述の中にはこんな箇所も!

受刑者は1人1人、自身で芸名を選び、劇の練習中はその芸名で呼ばれることとなるのだが、

(トリンキュローを演じる俳優について)TimEEz. Chinese family background on one side. Round-faced, pale. Took his stage name from the Timmy's doughnut chain because he claims to have nothing in the middle of his head.  

Tim Horton's(ティム・ホートンズ*3)好きがいたようだ。

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現代作家によるシェイクスピアアダプテーション作品が続々と!

ちなみにこの作品は、Vintage社のHogarth Shakespeare*4という2015年ローンチのプロジェクトの一環として出版された小説で、このシリーズの4冊目。

どういうプロジェクトかというと、「現代の人気作家がシェイクスピア作品をリライト・アダプトする」というもの。

Hogarth Shakespeare

今後の出版予定はこちら。

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素晴らしい作家ばかりで、2018年発売の作品も楽しみ!

この作品がアトウッドらしさのあるダークかつ皮肉な物語でありながら、シェイクスピアらしいユーモアのある、あっさりした幕引きだったので、他の作品も全て読みたくなってしまった。 

 

*1:テンペスト』レビューはこちら。

tokyobookgirl.hatenablog.com

*2:"Hag"という言葉、北米で一番良く聞くのは"fag hag"という使い方でしょうか。fag=faggotの略で、ゲイの男性とつるむのが好きな女性という意味。日本語でもそういう女性を表す単語があるかなと調べてみたのですが、ちょっと見当たらず…もしご存知であれば教えてくださいませ。「腐女子」はおそらく「ゲイであっても生身の男性とはコミュニケーションを取れない」というのが定義に含まれていると思うので、ちょっとニュアンスが違うし。特に問題なく他の人とコミュニケーションを取れるものの、男性恐怖症であったり恋愛に奥手だったりして、「ゲイカルチャーも好きだし、ゲイの男性と一緒にいるのが一番楽で落ち着く〜」という感じの女子、を指します。

*3:カナダ発祥のコーヒー&ドーナツショップ。種類豊富なドーナツと、"double-double"のようなユニークなコーヒーで有名。ちなみに"double-double"とは、two creams, two sugarsのことで、クリームもお砂糖もましましのコーヒーです。絶品ですよ!

*4:"Hogarth"というのはヴァージニア・ウルフが立ち上げた出版社(ホガース・プレス)の名前です。時代の先端を行く素晴らしい本を出版するという意図から、この名前を使用したとのこと。