トーキョーブックガール

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Rosaura a las diez / Marco Denevi: 10時のロサウラ

 先日もちらっと書いた Rosaura a Las Diez*1。「10時のロサウラ」。1955年に出版された、Marco Denevi(マルコ・デネヴィ)のデビュー作。 舞台やドラマ、映画化もされた大ヒット作である。 かなり昔の作品だが、日本のAmazonでもペーパーバックを良心的な価格で入手可能、Kindle版もある様子。 

Rosaura a las diez

Rosaura a las diez

 

 本棚の奥から引っ張り出して、久しぶりに読んでみた。最近日常でスペイン語を使う機会が減ったこともあり、意識して読むことにしようと思っている。

(Spoiler Alert/ネタバレあり)

あらすじ

 警部Julian Aguirre(フリアン・アギーレ)がMilagros(ミラグロス)夫人に質問しているところから話が始まる。ミラグロス夫人は下宿を営んでおり、下宿人の1人Camilo Canegato(カミーロ・カネガト)について詳細に語る。カミーロは、26歳の時から12年も下宿している無口な中年男性。絵描きで、ミラグロス夫人にとっては息子同然である。

 ある日、カミーロ宛にすみれの香りのついたバラ色の手紙が届くようになる。ミラグロス夫人と娘たちがこっそり読んだところ、Rosaura(ロサウラ)という女性からの愛の手紙である。が、彼女がどのような女性なのか、手紙からはほとんど分からない。ミラグロス夫人の娘Clotilde(クロティルデ)はこう推理する。

- Aquí, mamá, lea; "Usted me preguntó ayer por qué no me casé"......una mujer joven no lo hubiera escrito. Una mujer joven hubiera escrito; "Usted me preguntó ayer por qué no me he casado".

 つまり、「ロサウラからの手紙には、"You asked me yesterday why I didn't marry(昨日あなたは私に、なぜ結婚しなかったのかと尋ねました)"とある。若い女性であれば"You asked me yesterday why I haven't been married(昨日あなたは私に、なぜ結婚していないのかと尋ねました)"と書くはずでしょう?だから彼女は、結構歳のいった女性なのではないか」と。しかしその後の手紙で、ロサウラが25歳であると判明。

 カミーロ自身はこう語る。彼はお金持ちの家で絵の修復作業をしていたのだが、家の主から「娘の肖像画も描いて欲しい」と頼まれた。その娘というのがロサウラであった、と。二人はすぐに恋に落ちるが階級の差に阻まれ、ロサウラはまたも手紙でカミーロに別れを告げる。落ち込むカミーロとミラグロス夫人の会話が以下である。

-Y aunque sea la verdad. Ella lo quere y basta. Ella no lo quiere sino para marido, y para marido lo que hace falta es tener amor, no millones.

-No. Lo de contingo pan y cebolla*2 está bien los primeros meses. Pero después...No, no, que se case con el otro, que le dará una vida más digna. 

 ミラグロス夫人は「ロサウラは父親に止められただけで、本当はカミーロを愛している」と二人を応援し続けるが、カミーロは特に行動を起こさない。が、なんとその後ロサウラが下宿に現れる。事の顛末を知っている人々は皆、ロサウラを歓迎し、若い二人を応援するものの、カミーロのロサウラに対する態度が何やらおかしい。間もなくして、カミーロとロサウラは結婚するのだが、婚礼の夜カミーロがロサウラを殺害してしまう。

 

1章&2章:ミラグロス夫人&レゲル

 1章はミラグロス夫人、2章はDavid Réguel(ダヴィード・レゲル)という下宿人の独白となっている。さながら『藪の中』のように、それぞれが抱いたカミーロとロサウラの印象について語るのだが、そこには差異がある。ミラグロス夫人は、カミーロを息子同然のように愛しているため彼に肯定的で、幸せになって欲しいと願っている。ロサウラのことも歓迎するものの、割とクールに彼女を観察している。

 そして早い段階で、「ロサウラは、カミーロが言うようなお嬢様ではないのではないか」と気づく。品があるとはとても言えない食べ方を目撃したからである。一方、レゲルはカミーロに対して批判的である。気分のむらが激しく、陰鬱な男だと日々感じていたという。ロサウラは美しい深窓の令嬢で世間知らずだから、うまく丸め込んだのだろうというのがレゲルの意見。レゲルは、婚礼の後にカミーロとロサウラをホテルまで尾行し、カミーロがロサウラを置いてホテルを出たのを目撃している。また、ロサウラの死体を発見したのもレゲルである。

 

3章:カミーロと警部の会話(ネタバレあり) 

 3章は、警部と殺人犯・カミーロの会話。ここで分かるのは、ロサウラという女性は存在しないということ。すべてカミーロの作り事であると明かされる。カミーロは40代にさしかかろうとしている中年男性で、貧しく、浮いた話も一切ない。また、周りからは空気の様に扱われる人間だ。その切なさから、ロサウラという恋人がいるという作り話をでっちあげてしまったのだ。「周りの人たちに、自分について興味を持って欲しかった」と彼は語る。このあたりは、現代に通じるところがある。インスタ・SNS映えを何よりも気にかけ、リア充のふりをする現代人のことをふと考えてしまった。今では「いいね」をお金で買えたり、友人のふりをして楽しい写真を演出するサービスがあったりするそうだが、全てはカミーロと同じ「自分に興味を持って欲しい」、「透明人間でいたくない」という孤独な心に寄り添うビジネスである。

 おまけに、カミーロは空想と現実の境目がわからなくなるという精神疾患を抱えており薬を服用していたのだが、「薬はなくても大丈夫よ」というミラグロス夫人の(お節介かつ無知な)助言により、薬を飲まないようになっていた。

...Y despertar, despertar es para mi como subir desde el fondo del mar, como elevarme lentamente desde un abismo oceánico hasta la superficie....y entonces, los dos mundos se entremezclan, en mí, como dos realidades distintas, pero igualmente poderosas. Soñar, vivir, ¿dónde está la diferencia?...Para mi es todo lo mismo.

 絵や字を真似するのが得意なカミーロは女性になりすまし、自分宛に手紙を書いていたのであった。やりとりの内容に関しては、ミラグロス夫人の娘マティルデと彼女の恋人フェルナンデスのやりとりを真似して書いたという。マティルデは25歳で、奇しくもカミーロの想像の産物・ロサウラと同い年である。カミーロは本当はマティルデに恋をしていたのだ。

 しかし、下宿に現れたロサウラの正体は誰なのだろうか。実在の人物であることは確かである。警部によると、ロサウラの持っていた身分証明書にはMarta Córrega(マルタ・コレガ)とある。Martaとは誰なのかと警部は聞くが、カミーロは分からないという。

 

4章:エウフラシア嬢(ネタバレあり)

 カミーロと同じ下宿に滞在している女性、Eufrasia Morales(エウフラシア・モラーレス) が語る。いわく、カミーロは写真を見て絵を描くことしかできない(生きている人にポーズを取ってもらって描くことができない)ので、ロサウラの肖像画を描いたとは思えないと疑っていた。また、エウフラシアは下宿のメイドElsa(エルサ)がカミーロに長く恋をしていたとも打ち明ける。そして、ロサウラが下宿にて書いていた手紙をエルサが盗んだようだとも。

 

5章:ロサウラが書いた手紙(ネタバレあり)

 最終章は、エルサが盗んだという手紙である。ロサウラが下宿にて、自身のおば宛に書いたものだ。スミレの香り付きのバラ色の手紙とは似てもつかない、汚い文字で綴られた文法の誤りだらけの手紙。この手紙で、ロサウラ(本当の名前はマルタ)が娼婦であるということがわかる。また、El Turco Estropeado(切り裂きトルコ)という男性がロサウラ(マルタ)を殺害したのだということも。ロサウラ(マルタ)がどうやってカミーロのことを知ったのか、なぜ彼女の顔がカミーロの持ち歩いていたロサウラの肖像画と似ているのか、という謎も明かされる。

 

Marico Deneviとは? 

 アルゼンチン人作家と言えば、一番に名前があがるのはボルヘスだろう。

(晩年の妻、マリア・コダマと)

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 マルコ・デネヴィもアルゼンチン人、特に南米では人気の作家である。弁護士、ジャーナリストという顔も持つ。

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 Rosaura a las diezはデビュー作であり、その後書き上げたCeremonia Secreta(1960年)はエリザベス・テイラー主演で映画化もされた*3。人間の持つ不条理性について書かれた作品が多いのが特徴。また、戯曲家になりたいという希望を持っていたデネヴィならではというべきか、会話文が印象的な小説が多い。

 Rosaura a las diezでも、情緒豊かなミラグロス夫人、論理的なインテリ・レゲル、少々"loco"なカミーロの話し方がそれぞれ特徴的。また、ロサウラの最後の手紙には文法の誤りが多くあり、彼女の出自を物語っている。頻繁に「che(アルゼンチンで使われる、相手に対する呼びかけの言葉*4)」が会話文に出てきたりと、アルゼンチンらしさも垣間見える小説だ。

 

 

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*1:この記事です。

tokyobookgirl.hatenablog.com

*2:ちなみに"contigo pan y cebolla"はスペイン語でよくある言い回し。「あなたとなら、パンと玉ねぎだけでいい」という意味で、好きな人と一緒ならどれほど貧しくても幸せということ。

*3:1968年『秘密の儀式』

*4:チェ・ゲバラの「チェ」も、この"che"です。