トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

『オリーヴ・キタリッジの生活』 エリザベス・ストラウト(小川高義・訳)

[Olive Kitteridge]

 静かに、そっと始まる物語。文字を追っているつもりが、いつの間にかメイン州の小さな港町・クロズビー*1に足を踏み入れている。アメリカの北東部、寒く凍った土地。

 薬局を見て回り、カウンターの向こう側にいるヘンリーとデニースの何気ない会話に心が温かくなる。ティボドーとデニースという若い夫婦のやりとりをヘンリーの視点で見守る。そして、偏屈で息子に疎んじられているオリーヴの言葉にむっとする。

 嫌な女。そう感じたオリーヴの、辛口な言葉に包まれた心や、絶望や、後悔が、短編一つ一つを通じて見えてくる。

  

 教え子のケヴィンと話をするオリーヴ、息子クリストファーの結婚式の日花嫁の友人との会話を盗み聞きするオリーヴ。

この町で絶対に泣き顔を見せない人物がいるとしたら、オリーヴだろう、とハーモンは思っていた。 

 いろいろな人の人生を通して、オリーヴ・キタリッジという女性が浮かび上がってくる仕掛け(翻訳者は小川高義さん。面白いに決まっている)。

オリーヴ・キタリッジの生活 (ハヤカワepi文庫)

オリーヴ・キタリッジの生活 (ハヤカワepi文庫)

 

 サンフランシスコ・クロニクル紙の書評通り、「読書の純粋な喜びを味わえる」1冊だった。夫であるヘンリーのやることなすことが気に入らず文句をつけ、町の人には「なんであんな妻に我慢できるんだろう」と思われている。息子のクリストファーには愛情をかけて育てたつもりが、彼からはヒステリックでコントロール・フリークなところがある会話しにくい母だと思われている(というのは息子が町から出てから、語られる)。 

 何があっても動じなさそうな、つんけんした背の高い数学教師オリーヴ。彼女の抱え持つ様々な表情が、様々な人を通じて描かれる。あんなに嫌な女だと思った40代のオリーヴが、60代になると哀れになり、70代になるとその強さに感服し、彼女の悲しみにそっと寄り添いたくなる。何もないような小さな町の、なんでもないような老女の物語なのに、彼女の心の中の生活にはドラマが詰まっている。

 メインからニューヨークまで、飛行機で1-2時間たらずなのに、70代になるまで足を踏み入れたこともないオリーヴ。アメリカという広大な土地を持つ国の、架空の町の架空の人物の人生を、驚くほどのリアリティを持って描いた小説。

 

 この短編集の最初の4話を、HBOがミニシリーズ化。

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 ドーナツの上に、はらはらと降りかかる粉砂糖が雪に変わっていって…というオープニングも素敵です。小説にもダンキン・ドーナツがたくさん出てきましたね。

 ダンキン・ドーナツに行こうというオリーヴとヘンリーの会話やら、デイジーにドーナツを買っていくハーモン(結局オリーヴに食べられちゃうんだけど)やら。ダンキンのコーヒーを飲みながら、ドーナツを食べたくなる!

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 主演はアカデミー賞受賞歴のあるフランシス・マクドーマンド。まさに、小説を読んで思い浮かべていたオリーヴ・キタリッジその人。夫・ヘンリー役はリチャード・ジェンキンス。

 小さい町での静かな暮らしが情緒豊かに描かれていて、セリフがそれほど多いわけでもないのに役者さん全ての演技が秀逸で、それぞれの感情が手に取るようにわかる。手入れはされているもののどこか古ぼけたヘンリーとオリーヴの家だとか、80年代的な空気がありありと感じられるドラマだった。2015年のゴールデングローブ賞にもノミネート*2。AmazonのPrime Videoでも視聴可能です。

パート1:薬局

パート1:薬局

 

 

 新作『わたしの名前はルーシー・バートン』の感想はこちらから。

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*1:架空の町。

*2:Best TV Movie or Miniseries.