トーキョーブックガール

世界文学・翻訳文学(海外文学)や洋書レビューを中心に、好きなことをゆるゆると書いているブログです。

『わたしの名前はルーシー・バートン』 エリザベス・ストラウト

[My Name is Lucy Barton]

 大好きな作家と同じ時代に生きているというのは、なんて幸せなことか。やきもきしながら新刊を待ち、何日も前からカレンダーを眺めて過ごす。発売されると本屋さんに走ることができるのだから。

 そんな、私にとって(そしておそらく海外文学ファンの多くの皆様にとって)同じ時代に生きていてよかったな〜としみじみ感じる作家の一人がエリザベス・ストラウトだ。ということで今日は(日本語版の発売からはほぼ1年経ってしまったけれど)、『私の名前はルーシー・バートン』について書きたい。 

 

 ちなみに日本語版の表紙がめちゃくちゃ素敵!

私の名前はルーシー・バートン

私の名前はルーシー・バートン

 

 各国のカバー・装丁はこんな感じでした。やっぱりクライスラービルが目立つ。

⭐︎アメリカ

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⭐︎スペイン

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⭐︎フランス

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⭐︎イタリア

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 ニューヨークで暮らすルーシー・バートンは盲腸で入院中。大したことはないはずだったのに、やれ検査だ、やれ異常値が出たと、どんどん入院が長引いてしまう。

 今、ルーシーが1日を過ごすのは美しい夜景が広がる病院の個室である。ルーシーは「個室は保険でカバーされない」なんて語るのだが、国民皆保険の存在しないアメリカでは、保険に入っている=社会である程度成功しているということが行間から読み取れる。病院の窓から見えるクライスラービルディングは美しい。それでも彼女はいい加減家に帰りたいと感じている。

 

 そんな時、「飛行機になんて乗ったこともない」はずの母親が突然病室に現れる。ルーシーと母親は、別離の期間を埋めるようにぽつぽつと会話を始める……。そしてルーシーは、子供時代のことや周りの人々を思い起こす。

うちは変わっていた。おかしな一家だった。イリノイ州アムギャッシュという小さな田舎町にあっても、やはり風変わりだったろう。

 一緒に遊んでいる子供達に、「あんたら、くさい」と言われる姉妹。イリノイ州の田舎町で貧しい家庭に育ったルーシー。その貧困や、周りに住んでいた人々について、二人はとりとめもなく話を交わす。

「いろんな人がいるね」

私は言った。

「いろんな人がいるね」

母も言った。

私はうれしかった。こんな話を母としているのは、すごく幸せなことだった。

 

 母との会話は家族と疎遠になっていたルーシーにとって、自分のルーツを思い出す作業でもある。そして、母が何を考えていたのかを知り、自分が何を考えていたのかを伝える作業でもある。もちろん、人間が完全に理解しあえることはないだろう。それでも、話す時間を持つことは意味があるということが読み取れる。ルーシーにとって、母と一緒に過ごした病院での5日間は、小説にするほど大切な思い出となったのだから。 

 

 母に思いが伝わらず葛藤を覚えることもあるルーシーだが、こんなエピソードも挟まれる。

 

 娘が8歳になった時、彼女に自分が子供のころ好きだった本を買い与えたというものだ。貧しい女の子が出てくる本。貧困家庭に育った自分と、登場人物をリンクさせながら読んだ本。勇気を与えてくれた本。数日後、娘はこう言う。

ママ、あの本、つまんない。

 何不自由なく都会で育つ娘にとって、貧しい女の子が出てくるお話は共感できるところもなく、いささか道徳的で味気ないものなのだろう。違う時代と環境に生きる者は、肉親であっても同じ価値観を共有することはできないのかもしれない。それでも伝えることに意味があるのだ。いつか娘も、ルーシーと同じように母親のことを思い出すかもしれないからだ。

 

 ルーシーが、作家になろうと決心する場面も印象的だった。 

読めば得るものがあった。そういうことを言いたい。私の孤独感がやわらいだ。そういうことを言いたい。そして私も作家になって人の孤独をやわらげたいと思った!

 

 この本はたくさんの短いエピソードから成り立っていて、エピソードの短さは加速度的に増していく。そして、読者のルーシーに対する知識も、知らないうちに増えている。いつの間にか自分の知り合いの独白を読んでいるような気持ちになる。 

 

 『オリーヴ・キタリッジの生活』が好きな方も、逆に気に入らなかった方にもおすすめ。

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 遅咲きの作家とされるエリザベス・ストラウト。最新作はルーシー・バートンも登場する Anything is Possible である。日本語訳が発売されるのも楽しみ。 

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 それではみなさま、今日もhappy reading! 

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